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出島復元整備事業

「出島という遺産」

出島は、長崎港に浮かぶ扇形の小さな人工島でした。アムステルダムの中心広場であるダム広場より少し広いぐらいの面積しかありませんが、出島は日本におけるオランダ商館として1641年から1859年まで機能していました。その島に住むオランダ人は、厳しく規制された生活を送っていました。彼らは年に一度、将軍に謁見するために江戸(現在の東京)に上るといった非常に限られた時にしか、その島から出ることを許されませんでした。

江戸にいる将軍にとってオランダ東インド会社の商館は、西洋と接触できる唯一の場所でした。従って、このごく小さなオランダ人在留地は、歴史的にとても大きな意味を持っています。日本人は、出島のオランダ人と接触することを通して、西洋の技術や外科的処置の最新動向を追うことができたのです。その接触こそが19世紀後半に始まったばかりの、つまり、大政奉還を経て日本が数世紀にわたる鎖国を廃止し、世界に国を開いた時に始まった、日本の近代化の基礎となりました。

出島がかつてあった場所は、もはや海に海に取り囲まれてはいません。一帯は港湾改良工事によって埋め立てられ、現在では建物が密集した地域の中にあります。しかし、出島は1922年、正式に国の史跡として指定されました。そして、過去数十年間では商館の一部が復元され、かつての栄華を取り戻した姿で一般公開されています。

2016年、出島復元整備事業は新しい段階に入ります。出島の大通りに面していた19世紀初頭の建物6棟が再建され、当時の街路景観が蘇ります。さらに2017年には、出島と長崎の町を、そして日本と西洋をつなぐ唯一の橋があった場所に、当時の遺跡を守りなが最先端の技術で新しい表門橋を架橋します。
日本とオランダの未来に向かった新たな交流を示すシンボル的な橋となるでしょう。

プロジェクト・ウェブサイト
ウェブサイト: Nagasaki Dejima